フィリピーナよ大丈夫か?『シリーズ・フィリピーナは!どこへ行く?』
ちょっとだけですが、考えるところがありまして、こんな『シリーズ』を書いてみようとおもいます。 題して・・・ シリーズ『フィリピーナは、どこへ行く?』です。お付き合いくださいね! また、このシリーズについてのご意見も願いいたします! ご意見・ご要望及びご質問は、このページの下の方に、メールフォームのリンクを貼ってあります。 それでは、早速、第一回目に入りますね! まずは、政治的な理由から、日本政府はフィリピーナに対するビザの発給をおもいっきり 抑えるようになっちゃいましたね・・・ それまでの簡単なおさらいです・・・ <出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』> 1970年代にフィリピンへの日本人による買春ツアーが国内外でメディアに取り上げられ 問題になった。その後、日本人の旅行者は激減する。 80年代以降、興行ビザ(タレントビザとも呼ばれる)でのフィリピン女性が徐々に 日本へ仕事に来るようになる。 単純労働を認めない日本へ、貧困な家庭出身のフィリピン人でも歌やダンスができれば できる仕事として多くのフィリピン人が競って日本行きを目指すようになる。 一方、本来、芸能人や歌手が認められるはずの興行ビザの曖昧な規定の下で、ほとんどの 労働の実態は、キャバレーやスナックでの接客行為(ホステス)であった。 最盛期の2000年前後には、年間8万人のフィリピン女性が興行ビザで日本に来日し労働 していた。北海道から沖縄、八丈島に至るまで日本全国ほとんどにフィリピンパブが 存在していた。 大阪だけは他の都市圏に比べ極端にフィリピンパブが少なかった (暴力団の資金源になることを恐れた警察による手入れ) 2004年、アメリカの国務省による人身売買報告書の中で、日本が人身売買容認国として 名指しされた。 数十万人いた興行ビザでの若い外国人女性の日本入国を、性的搾取に よる人身売買であり、被害者である外国人女性を全く保護していないと批判したのだ。 日本の芸者文化のような、女性が酒を酌み歌や踊りでお客をもてなすキャバクラの スタイルは、欧米では確立しないビジネスモデルであり、ダンサーやホステスといえば 売春婦が当たり前の欧米では理解できず誤解を受けたと思われる。 しかし当時、日本の外交政策の最優先戦略であった安全保障理事会入りの目標が あった為、日本政府はすぐに興行ビザの撤廃を決めた。 2006年、予定通り興行ビザの 発給は10%程度に激減し、その結果、日本各地にあったフィリピンパブのほとんどは 閉店してしまった。 2007年現在のフィリピンパブでは、ほとんどが興行ビザでの就労ではなく、アルバイト契約で 働いている。 日本人との結婚や育児で滞在許可がある者や、親族訪問ビザで来日している フィリピン人である。 <<観光ビザはフィリピン人に対してはとても厳しく取得が難しい。 親族訪問ビザも親子関係のみで兄弟ではほとんど発給されない。>> とまぁ、かなり簡単ですが、こんな歴史があります・・・ アメリカの植民地ニッポンでは、しょうがないのかもしれません・・・
フィリピンやフィリピーナ、そして管理人の日々感じた事を綴った、徒然日記・・・
日記って程の更新は無いと思いますが、付き合ってください(笑)
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