気まぐれ日記「フィリピンで、こんな考え方も・・・」
フィリピンでも、きちんとした考え方を持つ、若き指導者がいるんですね! この記事を見つけ、キッチリと読むまでは、何となくですが・・・ ただの危ない国というイメージが強かったのです・・・ 現場発:「戦いの島」比ミンダナオ イスラムの若き指導者「豊かさこそ希望」 ◆政治に絶望、経済発展を説く 紛争や内戦は、遠く離れたアフリカや中東だけの話ではない。 海を隔てた日本の隣国フィリピン南部にあるミンダナオ島は、イスラム反政府勢力と国軍が 30年以上にわたって闘争を繰り返してきた「戦いの島」だった。 そこに、武力闘争ではなく「経済開発と教育振興が我々の生きる道」と訴える イスラム社会の若き指導者がいると聞き、どうしても会ってみたくなった。 【ミンダナオ島ダトゥ・パグラス町で大澤文護】 ●バナナ園開発 今もイスラム過激派が潜むミンダナオ島中部の山岳地帯を越えるには、飛行機を使うのが 最も安全な方法だ。私を海岸線の都市まで迎えに来た単発の6人乗り小型チャーター機は その山岳地帯を越えると、左に大きく旋回。間もなくマギンダナオ州の平原に広がる ダトゥ・パグラス町が見えてきた。バナナ農園の中に切り開かれた滑走路に、 小型機は土ぼこりを上げ滑り込んでいった。 副操縦士席で白のTシャツとジーンズ姿のダトゥ・イブラヒム・ペンダトゥン・パグラス3世 (47)が「ナイス、タッチダウン(良い着陸だ)」と陽気な声をあげた。 彼がチャーター機で連日のようにミンダナオ島を飛び回り、ビジネスによるイスラム社会の発展と 改革を訴える若き指導者だ。 16世紀にスペインがフィリピンの植民統治を開始する以前、ミンダナオ島には、イスラム教徒の 有力一族が君臨し、この地を「バンサ・モロ(イスラムの国)」と呼んで統治した。 その有力一族の家系に生まれたパグラス氏は97年、米国、イタリア、サウジアラビア資本と 提携して、故郷ダトゥ・パグラス町で1600ヘクタールのバナナ農園開発に乗り出した。 灌漑(かんがい)には世界最高といわれるイスラエルの技術を導入した。 このバナナ園で働く労働者は約2000人。その8割が町のイスラム教徒住民たちだ。 「以前は午後3時を過ぎると誰も外出しなかった。 まともな仕事がなく強盗や泥棒になった連中がうようよしていたからね」 バナナ農園の外れにバナナを梱包(こんぽう)する工場があった。 パグラス氏は1組の夫婦を紹介してくれた。夫のサレムさん(40)は元「イスラム戦士」だ。 開発から取り残されたイスラム地区は一様に貧しい。サレムさんも学校に通う経済的余裕はなく、 国軍と戦う戦士になる以外なかった。妻ファリダさん(36)と出会い5人の子供をもうけた。 夫は山に隠れて戦い、妻は町に残り、家族のために日雇い仕事で稼ぐ日々が長く続いた。 しかし農園で働くようになってから生活は一変。一日三食をとり、家族が一緒に暮らす日々を得た。 「彼は20年以上イスラム戦士として戦った。それが今では良い夫さ」 パグラス氏はうれしそうに語った。 ●決断の理由 イスラムの名家に生まれたパグラス氏の人生は波乱に満ちていた。70年代、 イスラム教徒に厳しい弾圧を加えたマルコス政権はダトゥ・パグラスを攻撃目標にした。 有力者、パグラス氏の家は2度の空爆で破壊された。 叔父は反政府武装勢力「モロ・イスラム解放戦線」(MILF)の創設者となり、 親族は続々と戦いに加わった。 86年の「ピープルパワー革命」でマルコス政権が倒れ、弾圧が終わっても、 悲劇は続いた。87年、アキノ大統領はパグラス氏の父を地元州知事に任命。 しかし就任式の前夜、自宅に手投げ弾が投げ込まれ、弟は即死し父は視力を失った。 同じイスラム教徒の政敵の犯行だった。父はケガがもとで間もなく亡くなった。 パグラス氏は88年、地元町長に就任。しかし、やがて政治家としての道を捨て、 ビジネスにのめりこむようになった。 政府と戦い、イスラム戦士を次々と生み出したパグラス家の後継者が、 なぜ米国資本を導入し、イスラム教徒が最も敵視するイスラエルの技術まで導入して バナナ農園を開いたのか。 決意の理由が知りたかった。 「なぜ」と質問すると、彼はしばらく沈黙した。陽気だった表情は引き締まり、 目には涙が浮かんでいた。 「結局、武力闘争と政治では何も変わらなかった。 家族は次々に亡くなり、町の人々は貧困のままだ」 家族を失った悲しみと、権力争いに終始する政治への絶望が、パグラス氏をビジネスの 世界に導いた。 「(イスラム社会の)古い世代は私のやっていることを理解しないだろう。 しかし貧困がなくなれば、人々は戦う理由を失う。豊かになれば教育を受け、 未来に希望を持つことができる。目に見える成果が上がるのは、今、学校に通う 子供たちが大人になった時だ」 パグラス氏は涙を浮かべたまま、夢を口にした。 ●日本との協力 パグラス氏の夢は、故郷の町からミンダナオ島全体に広がる。 ダトゥ・パグラス町の北約200キロのブキドノン州バレンシア市でも農園経営を始めた。 市の住民のほとんどはキリスト教徒だ。しかし、パグラス氏は開発が遅れた島の発展には 農業ビジネスの拡大しかないと、地主たちを説得。 3000ヘクタールの土地でパイナップルやパパイアなどの栽培を始めた。 「果物の間に小豆や枝豆を植えると雑草が生えない。農薬や化学肥料をなるべく使わない 果実栽培を目指している。そして果物と一緒に、この豆も日本に売りたいんだ」。 パグラス氏の右腕として農園経営にあたるエドガー・ブリェサー氏(55)が、 取材に同行したミンダナオ日本人商工会議所の天野洋一副会頭(65)に声をかけた。 同会議所は日系企業や地元経済人らをメンバーに、日比の経済関係強化を目指している。 天野副会頭は「改革派の若きリーダーを支援することで、経済発展と同時にミンダナオの 平和達成にも寄与できる」と語る。 政府とイスラム勢力の紛争の根本的な解決の道筋はまだ見えない。ミンダナオの発展のため、 古い世代との確執を覚悟してビジネスの道を選択したパグラス氏の挑戦は始まったばかりだ。 だがその姿に協調する人の輪は、国籍を越えて広がりを見せている。 ============== ◇イスラム勢力が反政府闘争 カトリック教徒が人口の85%を占めるフィリピンで、ミンダナオ島にはイスラム教徒が 多数派を占める地域がある。そうした地域のイスラム勢力が70年代、「モロ民族解放戦線」 (MNLF)を結成し、島の独立を求めて反政府武装闘争を開始した。 MNLFは96年に政府と和平協定を締結。分派した急進派の「モロ・イスラム解放戦線」 (MILF)も03年になって停戦に合意し、政府と和平準備交渉を続けている。 MILFは現在は大半が国有地となった「先祖伝来の土地」の存在を認めるよう要求。 07年までに双方は土地の範囲を決める境界線画定で基本合意した。 一方で、国際テロ組織アルカイダとの関係も指摘されるイスラム過激派「アブサヤフ」と 国軍の戦闘は今も島の各地や南部諸島で続き、多くの犠牲者を出している。 毎日新聞 2008年1月28日 東京朝刊 大好きなフィリピーナさんの母国!フィリピン!! こういう指導者が次々に現れ 発展を遂げて欲しいと思ってしまいました・・・
フィリピンやフィリピーナ、そして管理人の日々感じた事を綴った、徒然日記・・・
日記って程の更新は無いと思いますが、付き合ってください(笑)
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